活丼

丼の活動

笑い話に時が変えるよ

心配いらないと笑った

秋桜山口百恵

 

こんにちはこんばんは

おすすめの甘口日本酒を教えてください。

どんです。

 

最近お母さんが恋しすぎてもう無理だ

お母さん、お母さん

お母さん。

お母さん、もう引かれてもいいさ。

日本酒を何合か飲んで、

少しぼーっとした頭で寝られなくて

ネトフリで適当な映画を布団の中で見て

ぼーっとみていて、お母さんに抱きしめられて背中をトントンとされている女の子のシーンで全く泣けるところでもないのに涙が出てきて

 

もうお母さんに会うためだけに地元に一回帰ろうかなと思うくらいになんかここ数日

気が狂ったかのようにお母さんがこいしい。

 

スマホに入ってる小さい頃の動画を何度も何度も見て、なんの恥ずかしげもなくお母さんに抱きついておっぱいを飲もうとしている私、なんと可愛らしいことか。

 

画面に映る幼いわたしは100で甘えてそれになんの疑いもなく100で返してくれて、わたしは今後人生でそんな人には出会えないと思う。恋人でも誰でも。

自分勝手に、こんな時間なのにお母さんに電話をかけようとしている自分がいる。

恥ずかしい。

 

わたしにとっての好きって、純度100%の好きだけじゃなくて、嫌なところとか、合わないなと思うところとかも含めての好きだなとなるので、お母さんはそれの究極だと思う。

 

人生でわたしのことをあんなにイライラさせる人はいない、でもこんなに夜中に一人で泣くほどに会いたいと思えるひとも多分いない。

 

地元に帰ったら、妹がいるプライドでお母さんにぎゅーして!なんて手放しでは絶対に言えないけれど、

「どんが赤ちゃんになるルーム」

を作って、会いたい時にそこに入ればお母さんが全肯定してよしよしとしてくれるなんて都合のいい世界はないのかと本気で考える。

 

いくら歳を重ねたところでこんなに赤ちゃんなのだから、もう一周回ってお母さんのことを恨みたい。

 

なんでたくさん甘えさせてくれないのに、こんなに甘えん坊に育てたの?とか

こんなに寂しがり屋なのに、高校生から一人暮らしさせるようなことになる家庭環境にしたの?とか。

 

ネットニュースで、なんでこの世に産み落としたのか、という理由で両親を訴えた人がいるというのをみて、なんだかその人と仲良くなれそうな気がした。

 

わたしの都合のいいように甘えさせてよ

ぎゅってしてといったときにぎゅーして

わたしのこといつまでも子供扱いしないで、人間として会話して。でも都合のいい時は赤ちゃんのようによしよしと撫でて。

私がこんなに、恥ずかしがりながらも密かにどっぷり依存していることに対しての責任を取って、死ぬまでよしよしして。

ぬいぐるみで代替させないで。

東京まで会いに来てゆっくりお話しして

妹がいないところでしかできない女の人同士の話をして、美味しいご飯つくって。

仕事の電話に一度も邪魔されることなく私のことだけ見てよ。

 

ねえ。

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お恥ずかしながら私はずっとこの頃のままよ

あなたが思ってるよりも。

 

 

とくに使命も与えられずこの世に生まれたあなたに

わたしの名前をあげる なんでもないようなこの星で出会った希望、光、未来、夢

♩あるいは夢眠ねむという概念へのサクシード/WAV×夢眠ねむ×夢眠ネム

 

こんにちはこんばんは

本気で生ハムの原木の購入を検討しています。

どんです。

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今日の気圧は無条件に心がやられるくらいのやばさで、みなさんはどうでしたか、大丈夫でしたか。大丈夫なら、何よりです。

 

こんな日に限って、大事な情報公開の日で、なんていうかうんざり!♡

 

というわけで、来る2019年5/31から6/2で一人芝居をやる運びとなりました。

別に誰かにやろうよと言われたわけでもなく

望まれたわけでもなく

ただ私が挑戦してみたいからやります。

 

きっかけは去年のAPOFES(一人芝居が沢山見られる演劇フェス)で、表情豊さんが脚本演出を務められている作品があったので、そちらの稽古場見学に行かせていただいた時でした。

その様子はしばらく前のブログにも書いているのですが、だいぶ心がやられるもので、稽古場でボロボロと泣きました。

表情豊さんという脚本家、演出家の暴力だと。

そして、役者の中村唯さんの暴力だと。

 

そうしてぼんやりと一人芝居やってみたいという願望を抱えたまま時が過ぎてゆき

芝居の仲間にそれをなんとなしに漏らした時がありました。

その時はまだいつかやってみたいんだよねとへらへらしたものだったので特に具体性もなく言葉にしたのですが、その人の反応といえば

 

「え?どんが一人芝居?いや……(苦笑)」

 

私は自惚れるタイプでもないので、さらにいえば自己評価は高くないので、お芝居がうまくないこともわかっています。

ただ、その一言が絶妙に悲しくてイライラして、はーーー、ほんとにやったろか。という気持ちにさせたのでした。

 

そこから表情さんにお声かけをしてスケジュールを合わせて撮影をして……と、

走馬灯のように今その光景が駆け巡っております。やりたいことを実行するために、死ぬほどのやりたくないこと面倒なことがたくさんあって、世の中の主催さんはそれどうやってクリアしているの……と何度か絶望しましたが、いろんな方の助けがあって情報公開にまでこぎつけてほっとしています。

 

それとは裏腹に、マジで今日の気圧か何かわからないけどメンタルがヘラヘラしすぎてて

情報公開に至るまではよっしゃやったろかい!ケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかい!という気持ちでいっぱいだったのですが、今それのしわ寄せ(?)のように不安が……うっ頭が。

だからこの記事はTwitterを離れて現実逃避のために書いています。

私は表情さんの脚本も、演出も信じていますし

絶対楽しいものにする!という気持ちはありますよ!ええ、とてもあります。

が、ネガティブ魔神が囁くのです。

「お前に興味あるヤツおるん?」とか「いろんな面白い団体の公演とかぶってたらどーする?」とか。

ああもう、怖いな通知欄がガラガラだったら

書き終わりたくないな

 

いやいや、いや

支離滅裂ですが、私が私のことを信じられる裏付けになるお芝居にします。

私のことを信じてくれてる人がいるのなら、それをもっと強い確信にするお芝居にします。

あとは、どこかの世界のお話とかじゃなくて、これはあなたのお話でもあるよという提示をしたいです。

 

ああ、ああ、作品で語ったらいいのにこんなにたくさん言葉を並べてしまった。ごめんなさい

私のことを笑った人はきっと私がなにをしても穿って見るからどうでもいいとして、それ以外の私に興味があるかないか曖昧な方も、好きな方も嫌いな方も

わたしの拙い挑戦を、どうか見届けてほしいです。いや……見届けて欲しいだけじゃなくて

1時間、おうちを出る時間を計算したら2時間以上きっとかかるでしょう、一生懸命働いて得たお金も。座り心地の悪い椅子に縛り付けられて、しゃべらないで、食べないで、ケータイ見ないでとたくさんお願いをして、ほんとおこがましいなと自分でも思うのですが、それをするだけの価値があったなと終演後思ってもらえるものを提供します、もう言い切っちゃう!

うええええん赤ちゃんだけどね!

もうテンションが迷子!!

さて通知欄を見ようかな!

 

ここまで読んでくれてありがとうございます!

見直してないからきっとぐちゃぐちゃ!

いえええい!

どんより!

 

「100年経っても好きでいてね」

みんなの前で困らせたり

♩︎家族になろうよ/福山雅治

 

こんにちはこんばんは

最近一番欲しいものは生ハムの原木。

ほしすぎて体内の塩分濃度が上がります。

どうもどんです。

 

さいきん、高校の時の友達とご飯に行って

家族の話になりまして

みなさんは家族で遊びに行ったりすることが

「楽しい」と素直に思ったことがありますか?

1度でも。

私はそれがなくて、それってほかの人とは違うことなのかなぁとなんとなく思ってそれを文字に起こしてるだけのほんとに意味の無い記事です。

 

この記事の意図は、私のブログ無精を治す意味合いと、もうひとつ、結構、今まで……ぎゅ!と濃い内容を書きすぎていたかなと思って

本来ブログってなんていうの、もっとどうでもいいこととか、ふと考えたこととか…

それでもって140文字では収まらないことを書いたっていいじゃんと思って、ブログ全体の濃度を下げる意味合いです。

だからいつもよりも文の構成もてきとーーだし

読まれることを意識してないです。たぶん

 

本題に戻りますと

家族で出かけることって私の中で苦痛でしかなくて、よく拷問に耐えていたなという気持ちなのでして。

私の家は自営業なので、何度も両親に騙されていました。

「おでかけするよ」

とたまに言われて、わくわくついていくと新しい店舗の視察(?)だったり

仕事に必要なものの買出しだったり

外食をした程度の思い出しかなくてですね。

 

 

妹が生まれてからは

レジャーぽいレジャー施設に連れていかれたり

軽井沢とか、海とか、家族旅行も幾度かした記憶がありますがそれらもすべて楽しくなくて。

原因として考えられるのは

 

そもそも私の性格が集団行動が好きでない

家族が好きでない(妹と母に関しては現在は違います)

アウトドアが好きでないこと

もう、三十苦だったわけです。

 

今振り返ってみると、軽井沢に家族で行ってひとりでトリックアート美術館に行ったり

東京にライオンキングを見に行った後にひとりでメイドカフェに行ったり

海に行ってその近くのしなびてるショッピングモールにあるマックでこっそりハンバーガーを食べて夕飯のカニを食べられなくなったり

 

なんていうか、ズレてたんですよね。

 

でも向こうからしたら、楽しませるために連れてきてやってる、みたいな空気が透けて見えてて(実際どうかは知らないけれど)

今思い返してみると必死に楽しんでる振りをしていた自分がいたなぁと思いました。

「楽しんでるように見えてる?」

「楽しんでないと怒られる」

と、心の中でいつも戦っていて、つまらなかった。てか苦痛だった。

 

極めつけをいうとしたら、父のもんのすごい自己中で右往左往されたかも。

いつかどこかに書くかもしれないけれど私の父はリアルガチにとんでもねえヤツでワンマンなんです。少しでも自分の気に食わないことがあったら遠慮なく態度に出して空気を悪くするような。

そういうことで余計に出かけた先で理由は様々にキレられて、四人の空気が悪くなるということが多かった。

「優しいお父さんにもどって!」

ってセリフを何十回も言った記憶がががががが

人の親になんてなれない、と、父みたいな人間が親な私は心底思っています。今でも。

 

 

で、思うのです。

インスタで家族仲良さそうにしている様子を投稿している知人に、特に、父親と仲良さそうにしている友達に。

今でこそ妹と母とは仲がまあまあ良いものの

これは私が高校生から一人暮らしをして、離れた距離感を重ねた結果、たまに会うからそうになっているものであって。あとはSNSにはいい面しかあげないので。そうに見えているだけというのもあります。

たぶん一週間一緒に暮らしたらヒステリー気味の母を殺したくなってると思いますよ✩

 

そう、家族や親いえど人間。

相性が必ず存在するのです。

私は不幸なことにマジで合わないのでわからない愛がたくさんあるし、受け取れないものもたくさんあるけれど、それでもどこかで家族でお出かけして楽しい感覚を夢見る時があります。

 

みなさんて、ぶっちゃけて家族で話したりでかけたり遊んだりして、楽しいですか。教えて欲しい、それを文字にして。

 

やべーな、病んでる人のブログみたいになってるとは思いますがマジで病んでません。

そんなことより目の前の現実でヤベー辛いことがたまに起こるので、毎日胎盤に戻る夢を見ます。ね。

 

クラウドファンディングが嫌いなくせに、生ハムの原木クラファンしたいと思った

どんより。

 

嘘だよ、んなもん自分でどうにか買います。

いえい。

あふれて選べなくて困っちゃうから

月並みだけど「ありがとう…」その先はまた今度ね

♩絢爛マイユース/でんぱ組.inc

 

こんにちはこんばんは。

ずっと険悪だった大学の友達と推しが卒業する武道館の会場で会って

尚言い争いを続けた

尖ったナイフと呼んでください。

どんです。

 

突然ですが、私は根っからのヲタクです。

物心ついたときからヲタクで

ニコニコ動画と漫画とアニメと腐ってる薄い本に青春を支えられて

その中でもヒャダイン前山田健一さん)が大好きで

ヒャダインのことを追っていったらももクロちゃんにたどり着いて

当時の私は特にピンとこないでヒャダインのことをもっと深く調べていったら

でんぱ組.inc」にたどり着きました。

2013年の出来事でしょうか

紫色の子が一番人気らしい、くらいの情報量のまま

すこしづつヒャダイン作曲でないものも聞いていきました。

ものすごい早口で入ってくる情報量の多い曲たち

BPMの速さと一緒のスピードくらいで私の中にでんぱは入り込んでいきました

そして、気づいたら2014年1月5日のライブチケットを取っていたのでした

東京すらまともに一人でいったことなんてないのに。

 

そこから、ネットででんぱ組のことを好きな同志を探そうと思って

でもやり方がわからなくて初めは

 「#でんぱ組.inc好きな人ふぁぼ」

とか、そういうタグをひたすらツイートして探していました。

(今となってはこのタグを使ってる人そんなにすきくないです)

(理由は、だいたい在宅な上に(知らんけど)メンバーの画像貼ってるだけのアカウントが多いからです(どん調べ))

 

結局、一緒に行く人も特には見つからず一人での参戦となりました。

スモークで少しだけ視界の悪いzepp

ドリンクの交換方法も分からずになんとなく人の波に流されて入場して立ち尽くしているとライブが始まりました。

思っているよりも番号は悪く、人と人の隙間からチラチラと見る程度でしたが

ああ、こんなにも、映像よりも何倍もパワフルで素敵な人たちだったんだ。

という気持ちだけは覚えています。セトリとかそういうのなにも覚えてないけど。

 

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(チェキ帳開いたときにパッと目に入ったウン年前のチェキ)

 

 

その日のライブで、さくらアッパレーションに収録されている

夢眠さんのソロ曲「あのね…実はわたし、夢眠ねむなんだ…」

が披露されてその瞬間にもう恋に落ちておりました。

ああ、わたしはこの子が好きだ。と直感的に、電撃的に第六感に語りかけるような。

 

さわりはそれくらいにシンプルです。

夢眠さんみたいな自分の哲学を持ちたくて、彼女の過去のインタビューを検索しては読み漁ったり、夢眠さんの好きな食べ物は?そっか、ファミチキとお赤飯を交互に食べることが好きなんだ。とかとか、とか、今ではきっと忘れてしまったけど

それ以外にもたくさん彼女のことを検索して、古参の人に話を聞いて、もっともっと知りたいと、彼女のかけらを辿って集めようとしていたのを覚えています。(ネトスト気質)

 

認知こそなかったけれど

個人的な思い出もたくさんあって

高校の行事でいったディズニーで、夢眠さんはDヲタときいていたので

後輩や友達へのお土産もそっちのけで陳列棚とにらめっこして夢眠さんにあげるお土産を選んだり。

テスト期間で早く学校が終わったときは

勉強する気なんて一ミリもなくて伊勢崎駅から館林行きの電車に飛び乗って夢眠軒へと走ったり。

 

 

ここ数年、忘れていただけで思い出そうとしたら結構思い出されるもんなんだなあと

思いながらライブを眺めていました。

 

ちなみに一番の思い出は、でんぱの女限のチケットをるんるんで発券して

るんるんでチャリで帰ったら帰宅する前に群馬の厳しい風に吹き飛ばされていて

もうどうしようもねえなと各所に問い合わせと拒否を繰り返されながら

三日三晩泣いたことです。

当時高校生ですよ、5000円を風に飛ばしたの最高にキチ○イだなって。

 

今日の武道館に少し早く到着してぶらぶらしてたのですけど

そしたら何年も会ってなかった人とか結構いるんですよね。

現場の切れ目は縁の切れ目って本当にそれを何度も実感しているので

久しぶり、なんて言葉を交わしたあの人とも、あの子とも。

もう今日を境に一生会わないだろうなあって人は何人もいました。

それも全て、夢眠さんとでんぱが運んできてくれた縁で、夢眠さんとともに去っていく縁でもあるのだなと、しみじみ思いました。

わたしが舞台に誘ったら結構見に来てくれる人も、そんなの興味なさげない人も(わたしが芝居してることすら知らない人も)

みんな、夢眠さんと出会わなかったら完全なる純粋な他人のままに生きていたような人たちだから、そういった意味でも、切れるものだったとしても、その儚さごと愛おしいなあと推しに結ばれたものだと思えるのです。

そうそう、はじめにかいた、険悪だった大学の子とも笑

 

なんだかもうぐちゃぐちゃで、書ききれないくらいに思うことはあるのだけれど

それをいろんな人に伝わるようにアウトプットするだけのものはもちあわせておらんので

はい・・・・。

キラキラチューンが始まったときに、わたしはまちがいなく五年前の高校生だったわたしに戻っていたし

キラチュンを聞きながら登校していた吸うだけで鼻がツンとなる寒い朝の空気

田んぼばかりの道、自転車をこぎだす瞬間の少し疲れる一歩目、

友達に肩を叩かれてイヤホンを外してキラチュンが遠く消えていくその瞬間までぶわっとおもい起こされて、涙が止まりませんでした。

 

間違いなくわたしの人生には夢眠ねむのいるでんぱ組がどこかしらにはずっといたし

これからもいるだろうし(新体制を認めないとかではなく、それはそれとして残るということ)そこで出会った人たちの一部とも繋がってくだろうし

もらった気持ちも記憶も、引き出しに残しておけるだろうし

ああ、なんて素晴らしい、やばい宇宙一すごいアイドルを好きになれたんだろうかと

夢眠さんを通じて知り合った友達と肉を焼きながら、酔っ払って。

心から思うのです。

敬愛しています、夢眠ねむさん。

ご卒業おめでとうございます。

 

どんより。

あたしの下手くそな愛しさを

呆れて怒ったりしないで

♩おねがいよ/桜エビ〜ず

 

こんにちはんばんは

去年、来年こそは余裕を持って振り返りしようと思っていたのにこのザマです、どんです。

 

毎年恒例(?)

画像とかでごまかしながら一年を振り返る

意味あるのかないのかわからないブログ〜〜

あっ、この時点で、去年いちいち画像遡ったのクソ面倒だしはてなブログの操作性悪くてうまく画像が反映されなかったイライラが蘇ってまいりました!!!!!!!!

では、いこう!!!!!!

 

 

辛い1月

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僕の推しが卒業しました。

いきなりお前のことじゃないことやないかーーいという感じですが、マジでこれは大事件。

そういえば、一年経ちますがまた同じくらいの時期にわたしがアイドルヲタクになったきっかけの推しが卒業します。

ああ、ああ。

 

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あとはレバーを好きになったりしてました。

(わかる人にしかわからない)

すごく楽しかったこれ。

 

とても中身のない1月!!

なにをしていたんでしょうか。

この時点で振り返るまでもない気がしてきた

 

 

試練の2月

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みくにんとお泊り♡

お互いになんか苦しい時期だった気がする

この時はブリ大根をふるまってくれて

早く寝なきゃねなんて話をするんだけど

みくにんとのおしゃべりが加速するのはいつも決まってベッドにはいってからで

ゴロゴロしながら他愛もない話して笑っていたらいつのまにか明け方で寝てる、なんてことがいつもの私達ですよね。

あれ、これなんかみくにんとの永遠の別れの時に書くお手紙の内容みたいになっている。

 

そのあとは

虚飾集団廻天百眼劇場本公演

「殺しの神戯」

の、はずが

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本当に本当に役者という立場である私にとって試練の月となりました。

この写真を撮った時実はインフルエンザに既にかかっていたという。

お恥ずかしながら、私が至らぬばかりに

心も身体も弱かったばかりにインフルエンザになって半分降板してました。

リアルタイムには勿論言わないけど

業務連絡とか円陣の動画とか流れてくるグループラインをぼーっと眺めながら嗚咽を漏らしていたし、ああ、苦しいなぁって。

今思い出しても死にたくなりますな。

そして私がダウンしている間
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大島さん(百眼の立ち上げメンバーでとても可愛らしいお姉さま)

が完璧に代役を務めてくださって、大島さんの千秋楽を見ながらひとり涙を流しておりました。ありがたいやら申し訳ないやら。

 

 

復活の3月

 

デデドン!

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ミチアケちゃんだよ

倒れてたのでゲネ写はない!以上!終了!

 

あとは猫と仲良くしてたにゃん。

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新宿三丁目にあるアルル(うーんややこしい)

の猫ちゃん。

 

なんだろう去年より何もしてない気分になってきました。そんなことないよ。

去年の倍は人前に出てるよ。

 

4月(もう〇〇のってつけるの飽きた)

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うむ。

 


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うむ。

 

氷雨丸の顔合わせの写真ですね。

あぐちゃんと似たような服を着ていました。

この頃まだあぐちゃんと今ほど仲良くはなかったから緊張からか、顔がこわばってますね。

あぐぴとも飲みに行きたいなぁ〜2019

 

この頃くらいから愛伝一家の稽古が始まります。この舞台もこの舞台ですげー試練だったな

 

 

くそやばい5月

 

実は超やばかった5月。

引っ越して集中稽古して本番してその後すぐ稽古して、みたいな。

いやー2度と引越しとかしたくないな。

ほんと引越ししたくない。

↑これ、去年のブログの2月の欄にも書いてたこと。

マジな話、石油王がなぜだか私のことをとても気に入ってすごくいろんなところのアクセスのいいところに一個私専用のマンションを買ってプレゼントして欲しい。芸能人とか住んでるようなところ(ミーハー)2019

 

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ブロマイドのオフショット

タニーマ・ミンジャネーヨ(1996~)さん


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お兄ちゃん、坂田俊夫役のともきさん。

 


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舞台上でパイ投げする団体とかそんなにないんじゃないかと思います。

あのクリームは食べられないものなんだけど

バニラの匂いだけはするからつい口に入れたくなってしまうんだよね。

 

ほんと、師走より師走のように過ぎていきましたこの1ヶ月。

本番終わったらまたすぐに稽古。

この頃から、ロスにならないことに必要なのは

舞台が終わった後に次の予定を入れることなのではないかと気づき始めるどんです。

 

 

6月

氷雨丸ですですた。

 

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森羅と万象。

森羅の漢字をたくさん間違えました。

ごめんなさい。

いがむーさんを縛る時に

何回も上のセットにひっかかって汗が止まりませんでした。

ごめんなさい。

 

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初めての新宿村Liveという大きな会場にビビって、楽しくて、よし、次に進むぞ!と前向きになった公演でした。

 

まだ演劇も初めてないような時に、バイト先の役者のお客さんに

「俺初舞台新宿村だったんだ〜」って言われて

へーダサい名前だな。くらいの気持ちだったのに、今となっては、だ!

びっくら。広い!

ああ、また立ちたいなぁ。

立てるように頑張ろうっと。

 

 

これ、ネットにあげようと思ってたの

忘れたので今上げます。

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エモいやつね。

 

 

7月

はるかきみへさんのモデルを務めさせていただきました。

本当に本当に嬉しかったぁぁ。

大好きなブランドさんのモデルができるなんて夢みたいで。いろんな人に見てもらえて

私の中で一つ、2018年はじまったぞ!(遅い)

というお仕事でした。

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あとは冷汁をつくるのにハマってました

 

 

8月

HYP.39Div本公演

「ボーイズオンファイヤーVSガールズオンファイヤー」

バスタオル一枚でお芝居をするという。

私はおっぱいちゃんのホイちゃん(中国人)でした。

この役が周りからの評判がめちゃくちゃによくてどわっとフォロワーさんが増えてびっくりしたのも良き思い出。

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少しだけ、プロレスに詳しくなりました。
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うふふ。

平成最後の夏が熱く彩られましたな。

 

 

↓ここから文学賞を受賞された方(からすやまるい氏)の虚構ブログ

 

9月

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9月!高校の同窓会がありました!

久々に遭遇したかつてのボーイ・ミーツ・ガールたちは各々様々な世界に生きていて、私も感慨深くなっちゃいました!

10月
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10月!舞台で吠えた。

何故ならば、内定をもらったから!

高校の同窓会メンバーでまた揃いました☆

11月

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11月、可愛かろうツーショット。

私は首元に【50】の烙印を押されて、女子高生型アンドロイドとして生きていく運命となりました。

12月
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12月。友人が馬の覆面を被り、舞台上でONE PIECEごっこをしました。馬になっても仲間です《ドンッ!》

最後の写真は、知らない赤ん坊。

 

 

もう振り返るの半ば諦めて途中から今鍋をしていてるお仲間のお一人にミリしらブログを書いていただきました。

ツヅキエイミ氏主催の鍋会でございます。

こんなのないから、まあこれもこれでありということでお許しください。

同窓会しすぎだろ。

 

 

まあこれで締めるのもアレなので

今年一年

どんちゃんのおかげで楽しかったとか、私きっかけで舞台に興味をもってもらって、知らない世界をよかったとたくさん言ってもらうことがあって。

 

私は私の好きなことをしているだけだから誰かのためにやっているわけではないけれど

そのことを見ててくれて、それで楽しんでくれて、会いにきてくれて、気にかけてくれて本当に嬉しい限りです。

なんなのかな、よく言葉を知りませんが

WIN-WINという言葉なのかな。

それはとても幸せなことよね。

 

でも会いにきてくれる方々は私がいなくても日々を暮らしていけるけど、会いにきてくれる方々がいなかったら私は活動していけないし、そういった意味ではまた違うのかもしれないけど。ああ、良い子を応援しているなと。

そうに思ってもらえてたら幸せです。

 

これでそれっぽく締められたと信じたい。

いやほんとに思ってる事ですからね。

なんか酔いはじめてうまく文字が書けないけど

これから出会う人も、今年出会ってくれた人も、来年も劇場にて遊びましょう。

早くお知らせしたい未来がたくさんあるのです。もしよかったらね、気にかけてくださいな。結構都度のブログでその時の思いとかは書いていってるので振り返るまでもなかったという説もありますな。

いやいいんだ

 

言いたいことはそんぐらいです。

 

 

ほーーー、書き終えたかな。

 

それでは皆さま、良いお年を〜!

健やかに育ったあなたの真っ白なうなじに

いつぞや誰かがキスをする

♩瞳/aiko

 

こんにちはこんばんは

家の廊下が冷たすぎて足が痛くなってきます。

どんです。

 

やっとこさパスポートの申請諸々を済ませて

やっとこさ群馬から帰還しようとしている道すがらです。

いやー業務的な手続きって本当に面倒ですね

そして、群馬は本当に何もない(憤怒)

 

おこですよ。

電車に乗りっぱなしってだけの行為でかなり疲れるのに、パスポートが出来上がったらもう一度取りに行かなければならないのです。

ぐおおおお、都内まで送ってください。頼む

 

でも、駅前に新しくできた駅ビルの中になんとリンツが入っていたので

それだけを楽しみにあと一回の帰省をしたいと思います。

まあ私の地元は、そこからバスで1時間かかるんですけどね。最寄りなんて概念はない。

 

前回のブログに、おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行くかどうか、

いうことを少し書きましたが

結論。勇気を出して会いに行きました。

 

それについてどうこう書くのは

下記の記事参照でよろしくです

http://dondayo.hatenablog.com/entry/20170907/1504719705

 

 

四階建ての老人ホームに2人は住んでいて

おじいちゃんは3階、おばあちゃんは1階

に分かれてそれぞれの部屋があります。

 

恐る恐る足を踏み入れると

何も変わってないくて、飾られた絵もそこにいる人たちも。

若いからでしょうか、何度来ても自分はかなり浮いているような感覚になります。

おじいさんおばあさんに、物珍しいという目線を向けられます。

体感として。

そしてやっぱりあの施設の匂いがとても苦手です。死の匂いというか。

何年もそれを言葉にしようとしているけど、

見つからなくて、なんとも言えないものです。

 

数年前に、今は削除済みのブログに同じようなことを書いたら大して知らないおじさんから

「わかるわかる!」とか軽率に言われて何故かキレそうになったので、私の中で言葉が見つかるまで、この匂いについての感覚は丁重に扱おうと思っています。

もし、これは?って言葉があるなら教えて欲しい。それくらい独特なものなのです。

 

匂いをくぐり抜けておじいちゃんの部屋にはいると、そこはもっと濃い匂いが立ち込めてる空間で、おじいちゃんに

「まみだよ、きたよ」と声をかけても、虚ろな目を少しだけ開いたまま反応してくれません。

おじいちゃんは白内障で目が見えないので

水に白と水色の水性絵具を垂らして少しかき混ぜたような目の色をしています。

それは年々、白目と黒目の境目なくそんな色になってきていて、それとこれが関係あるのかどうかわからないけど、濃くなった水色を見て

 

こんなになってもまだ呼吸をすることを余儀なくされていて可哀想と思いました。

本人に自我があるのかないのかわからないし。

これはおばあちゃんにも言えるのだけれど

自分が何者なのかすら忘れているし

なんで生きてるのかわからないじゃないか

生かされてるの可哀想じゃないか

本人が本当にどう思っているかこんなになってたら聞き出すことも出来ない

もし日本に安楽死があったならよかったのか

これは親族のエゴだやっぱり私はこういう光景を見るのが嫌いだと思って

そうしたら私は一気に涙目になって

ボロボロ涙がこぼれましたが

おじいちゃんはそれでも無反応で

ティッシュを2枚だけ取って

またね、とだけ言って部屋を出ました。

 

 

私が会いにいかなかった理由は、彼らが既にそういう状況で死んでいるのと変わらないから、と思っていたけれど、

それに加えて、物理的に変わってしまった姿を見るのが単純にきついから逃げたい。

が加わるなと自覚しました。

 

階段を2回降りておばあちゃんの部屋に行きます。おばあちゃんは口調や見た目は意外と何も変わってないから、それこそきついです。

 

アニメとかでよく、自分の親しい人が見た目そのまま中身が悪く変わってしまって

殺したくないけど殺さなければならない、みたいなシーンを思い浮かべてください。

 

「あら〜、随分と綺麗なお嬢さんだこと、どこの子?」

まあ覚悟はしてたけど、ジャブくらいのもんだけど。

「宮下真実です」

「真実ちゃん?いらっしゃい、どうぞお座りあそばせ」

あそばせって……そんな言葉づかいするか(笑)

 

「あなたはどこからきたの?」

「東京」

「今日来たの?どこかにとまったの?」

「あなたの息子の家に泊まったよ、娘だから」

「私に息子がいるの?」

「いるよ、3人。娘も1人。その次男の娘」

「そうなのね、それで、あなたどこから?」

「東京」

「そうなのね、それで今から帰るの?」

「うん、その前に少し会いに来たの」

「そうなのね、あなたの名前は?」

「真実です」

 

数年前より明らかに進行している認知症

会話を通して伝わってくるのがしんどい

↑の会話の娘である私のおばさんは四人兄弟の末っ子でとても可愛がられた恩から

私にまで毎週おばあちゃんに会いに来るように強要して、更には

 

「私はあれだけ面倒見てる。あなたは世話になったのになにもしていない。会いに行かないでおばあちゃんに忘れられても知らないよ。」

 

と、当時高校生の私にまでマウントをとる始末の人だった。

でも、そんなマメに会いに来ているであろう叔母さんですら忘れられているのだから

私が会いに行っていたところで何も変わらなかっただろう。愚かな女。

そんなことを思いながら

同じような会話を何度か繰り返したあとに

 

「そうねあなたにお小遣いでもあげたいのだけど、私今お金持ってなくて、ごめんなさいね」

と。

 

でもこのやりとりだって何度も既にしているのです、それこそ何年も。

 

その度に何度も私は

「ありがとう、気持ちだけで」

と返して。

 

「あなたの名前も忘れてしまったけど、なにちゃんかしら?」

とまた聞いてくる。

私はみくにんとのプリクラしか持ち合わせがなかったので、従兄弟(叔母さんの子供)の写真の隣に自分を貼って

小さく叔母さんにマウントを取り返したつもりになりました。

 

おばあちゃんは

「これを毎日眺めてあなたを忘れないようにするわね」

と優しく言ってくれました。

きっとその発言すら5分後に忘れるだろうけど。

 

彼女にとっては急に会いに来た知らない年頃の女であろう私にも

最後には「またきてね」と優しく送り出してくれて、そういったところだけは変わらないのだなど、少し泣きました。

 

でも私もまたきっと、東京の空気を吸っていれば今の苦しい気持ちも忘れるだろうし

どうにでもなってしまうのでしょうけど

 

形に残ってるものだけ、辿って思い出して生きようと思いました。

 

どんより。

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眠れない夜にキミを想って勉強したんだ!

「こんにちは」は宇宙語だと「ペフレモン」

 

♩爆弾ジョニー/キミハキミドリ

 

こんにちはこんばんは。

電車の暖房が効いていないのか足元から氷になってゆきます。

どんです。

 

 

電車の中が死ぬほど暇で

年末の振り返りブログを書こうと思ったのですが家に手帳を忘れてしまって振り返ることもできなくなってしまって

ひたすらに、ポツリ、ポツリと灯りの灯っているさびれた景色を眺めています。

 

私の中学生の頃まで住んでいたところは

娯楽が本当になにもなくて

強いて言うなら

近所のバッティングセンターだったり

ローカルなスーパーの中にある書店の立ち読みであったり。

チェーンの飲食店も、自転車を30分漕いだところにある小さなマック程度のもの。

 

夜になって、大きな道路から一本奥に入るとほんの数メートル先も見えないような

暗い道がたくさんあって

余談ですが、塾に行く途中の道で私は

その道すがらにある田んぼに何故かいた猪に追いかけられて命の危険を感じたことがあります

 

誰もみていなかったのでそれを話しても

誰も本当だとは信じてくれませんでしたが

 

あんな小さい田舎で、どうやって生きてきたのか、今でもわからないし

大きくなってできることが増えて

それでもまだあの田舎に住んでいる人たちは

娯楽のない、狭い、あの土地でどうやって息をしているのか

東京の空気を吸いすぎたせいか

想像力がなくなって

なにもわからないな、と思うようになりました

 

そんな田舎に、今帰ろうとしているわけですが

あの土地にいる人たちは私のことを

「まみちゃん」と呼ぶだろうし

 

東京の電車よりもダサい色合いの座席に座っていると、私自身、電車が目的地に着く速度と同じくらいの速さで

どんちゃん」から「まみちゃん」

に乖離しているような気がするのです。

 

頭がぼーっとするくらいに暖房の効いて暖かい東京の電車が恋しくて

多分私は東京の何もまだ知らないのに知った気になっていて、その影響で地元コンプレックスが激しくなって、誰かにどんちゃんと呼ばれたくなっています。今。

 

というか昔の私が嫌いなのです。

しまむらで服を買ってそれがこの街で一番オシャレだと思っていた時期があること

好きな男の子と国語の先生のエロい小説を書いていたこと

唯一あるコンビニのローソンでパスタを買ってそれを店の前で食べるのがオツだと思っていたこと。

塾の帰り道、ヤンキーに絡まれて中学のジャージを渡して泣きながら帰ったこと

最後はどうでもいいな。

 

この冷たい空気が、寂しい灯りが、手動のドアが、なにもかもが私を田舎のまみちゃんに戻す。ちょっぴり苦しいです。

 

今回はパスポート申請に必要な書類を集めるための帰省なのですが

ここまできたらおばあちゃんとおじいちゃんに顔くらい見せておいた方がいいのか

とか、怖いもの見たさで思ってしまうのです。

 

会いに行こうかな、どうしようかな、

ていうかクリスマスだ。

ケーキが食べたい。

地元で知り合いに会いたくない

久し振りに近所のおばさんとかと会ってしまったらどんな言葉で話してどんな顔をしたらいいなかわからない。

地元でしかイキれないDQNみたいなのが大声で騒ぎながら乗ってきて殺してやりたい。

群れなきゃ何もできなさそう。

若いね。

お腹減った。

寒い。

 

 

自分の感情を何も考えずに

暇つぶしのために書いたブログでした。

もうすぐ駅に着く。

妹が迎えにきてる。

少しづつ街の灯りが増えてきた。

メリークリスマス。

 

どんより。